日本デイケアセンター3

「日本デイケアセンターから”介護””福祉”の問題を考える」

「日本デイケアセンター」では、保育所や児童館、介護施設の運営等、様々な世代の様々な事情を抱えた人々のニーズに応える形で複数の事業を展開しています。特に昨今は、少子化問題、共働きの夫婦の増加に加え、高齢化社会など、どうも矛盾が感じられる問題が社会に根強く存在しているため、個人の力で対処することはなかなか難しいでしょう。
だからこそ、日本デイケアセンターのような場所にサポートを依頼することが重要になるのではないかと。
・・・しかし、ここで気になるには、「ただ”依頼するだけ”で良いのか」という疑問です。ここでは、同社の事業内容をまとめているものの、本当にこれらの魅力を理解するためには、「比較対象」が必要なのでは・・・?
そこで、日本デイケアセンターが実施する福祉や保育に関する昨今の特徴をまとめつつ、同社の事業内容と比較していきながら、ひとつひとつの魅力を多角的に捉えるという試みを以下で行なうつもりですので、目を通して頂ければ幸いです!

日本デイケアセンターの「福祉事業」に関する比較検討

・老人ホームに潜む闇

NHKの「ねほりんぱほりん」という番組をご存知でしょうか?こちらは一般人がゲストとなり、タレントのYOUと山里亮太がMCをつとめるというスタイルですが、話の内容がなかなかにディープなためか、ゲスト、MCともに音声はそのままで姿だけブタやモグラのぬいぐるみに扮するという、一見可愛らしい番組となっています。
この「ねほりんぱほりん」にて、先日「老人ホームで働く介護士」が取り上げられました。上記した回に登場したおふたりはご夫婦で、それぞれ介護士として異なる現場に従事しているそうです。
ブタのぬいぐるみに扮したゲストが口を揃えて言うのは「この仕事は絶対自分の子供にはさせたくない」という言葉。
・・・確かに、介護の現場は過酷だと巷でよく聞くが、個人的には「残業、時間外労働は当たり前」というイメージしかないため、具体的な過酷さがいまいちよく分からない。

今回は主に旦那さんの方が自身の経験を話していたのだが、それによると本人にとって最も問題だったのは「入所している高齢者の態度」だったそうです。用もないのに執拗にナースコールを鳴らしたり、スタッフへの暴言は日常茶飯事、酷い場合は、自分の意思が通らないと暴力に訴える入所者も多かったという。

高齢者による暴言や暴力の背景には、アルツハイマーなど脳の異常や高齢による痴呆、精神疾患などが潜んでいることを考えると、本人に全ての責任を押し付けるのは躊躇われる。また、老人ホームのスタッフによる暴行も昨今度々ニュースになっていることを鑑みるに、根本的な要因には日本の福祉制度の限界が見え隠れしているのも決して否定できない。

介護福祉士が自らまとめた「10年後の高齢者社会への懸念」によると、「老人ホームへの入所待ち」の順番を待つ高齢者の人数が年々増加傾向にあるのに対し、受け皿が圧倒的に少ないことがそもそもの根本的な問題だという。

高齢者が年々増加傾向にあるのに対し、それをサポートする人員が確実に足りていない、例え介護の道に進んだとしても、生活の保証はされないなど、高齢者介護の現状は「袋小路」のまま、風穴を空ける打開策がいまだ見出されていない。
だから、「ねほりんぱほりん」に出演した旦那さんのように、少数の介護士に大きな負担がかかるのだろう。それこそ、ひとりの介護士は、一般企業に勤め、やり甲斐とお給料を秤にかけて働く新卒とは比較にならないタスクを日々抱えているのかもしれない。
高齢者の高圧的な態度や介護士の暴力といった問題は誰の目にも違和感としてうつるだろう。もちろん、このような問題は一般企業でもあるところではあるのに対し、福祉関連の施設ではあまり目立った話題にならない。個人的には、福祉事業所であろうと問題沙汰になれば「ブラック企業」に名を連ねても良いと思うのだが、そうされない背景には、日本の国民性が潜んでいるのではないだろうか?

この国では、いつの頃からか「お年寄りは大切にしましょう」という無言の約束事が存在し、今では人々のDNAに組み込まれているくらい「当たり前」のこととして認識されている。若い人たちにとっては「ボランティア」というときっと真っ先に老人ホームでの手伝いが思い浮かぶだろう。
最近は「現代のお年寄りは元気だ」と言われ、サポート体制も充実し、「高齢者」に当てはまる年齢はどんどん上がっている。一昔前までは「50歳を過ぎれば残りの人生はおまけ」だったのが、生活が便利になることで寿命が伸びるのと同時に、「歳をとってもまだまだ若々しくいられる」と考える当事者が増えたのかもしれない。

通常は歳をとれば身体がどんどん弱るものだから、若い人たちがサポートに加わったり、また不便な点があっても日々を謳歌できる工夫を一緒に考えるといったことを行なうのは本当に必要だし、素敵なことだと思う。だが、「老化現象」というのは、生き物にとっては「あって当たり前」なのだ。そこをストーリーとして美化し過ぎると、後々面倒なことが起こりかねない。
高齢者は何十年も人生を生きてきたいわば「人生の先輩」である。年上を敬う気持ちはもちろん大切だが、彼らには長い人生の下積みがあり、そこで得た若者にはない知識や経験を活かせば、最終的に大人としての責任を放棄したり、社会から孤立する選択をせず、もう少し周囲と折り合いをつけていけるような気がどうしてもしてしまうのだ。

重要なのは、高齢者をただ守るだけではなく、彼らの自尊心を尊重し、「自主的に選ばせる」仕組みづくりなのかもしれない。

「日本デイケアセンターの取り組み」
その点、日本デイケアセンターではどのように「高齢者」と向き合っているのだろう?
以下は既に記載したと思うが、新たな視点で「日本デイケアセンターが実施するサービス」について考えるべく、あらためて「高齢者向け」の業務内容をまとめていきたい。

日本デイケアセンターの「高齢者向け」サービス一覧
・家事代行サービス:家事支援、お年寄りの生活支援
・介護保険サービス:通所介護サービス、訪問介護サービス

上記した内容以外にも複数の高齢者向けサービスを同社は展開しているが、まずはこれらの概要をまとめていこう。

家事代行サービス概要
具体的なサービス内容
1.家事支援
ハウスキーピング:水回り等各所の掃除、洗濯、ベッドメイキングetc
そのほか:洗濯、食事支援、庭の手入れ、そのほか片付け
2.高齢者に対する生活支援
介護保険外生活支援:介護保険外の家事援助(※例→各部屋の掃除、洗濯、外出時の付き添い、薬購入時の支援etc)

考察
結婚し、家族ができ、やがて子供全員が自立し、その後老人ホームで夫婦共々快適に「余生を送れる」かと言えば、だれもが「テンプレ版幸福な人生」に当てはまる訳ではないし、またここに自分の人生をピタッと当てはめることが幸せだとは限りません。皆それぞれ「余生」に対する考え方は微妙に異なるでしょう。
また、上記したように、最近は老人ホームでも数々の問題が多発しています。スタッフの高齢者に対する暴言・暴力は有名ですが、じつは逆のパターンも非常に多いのです。(そういえば、去年あたり老人ホームでの高齢者の不審死がニュースになっていましたね。詳細はいまだ分かっていないという・・・)
更に相続など金銭問題が絡んでくることで、物事はどんどん複雑化していき、なんとなく「逃げ場無し」に思えてくるこの状況に対し、つい暗い気分に陥ってしまったとしても、ある程度は仕方がないかもしれませんね・・・。
が、あくまでも危ないのは「流されて行き着く先の人生」であって、ひとつひとつの局面に対しきちんと自分で「判断」をする生き方をしていれば、そこまで不幸な最後が待っていることは有り得ないと思います。例えば、「古き良き時代」を地で行くような、「男性が先導する後ろを女性が大人しくついて行く」という生き方は、粋なようでいて、現代のニーズには合っていません。もちろん、こういった生き方を望むならそれもひとつの幸せの形でしょうが、現代の雰囲気に適さない生き方は、見方によれば「判断を放棄している」と捉えられかねないのではないかと。

だからこそ、日本デイケアセンターのように事前に「サポートプラン」を提供してくれる事業所の存在は非常に重視すべきだと思う。このように、「いざとなったら助けてくれる場所」が存在すれば、こちらは自主的に「助けられ方」を選ぶことができる。
ただ、福祉や介護の現場において、サービスを受ける側が最も重視しているのは「価格」です。手放しで「あれもやって、これもお願い!」となってしまうと、結果的に法外な額を支払っていた、というケースは相当数存在するでしょう。
ここには、「福祉の相場は明確ではない」という現実問題が潜んでいるように思います。
(・・・だから、若い障害者は福祉サービスを利用しにくいという問題もあるそうです。)

・「障害者バブル」について考えてみる

『五体不満足』という著書をご存知でしょうか?この本が出版されたのが確か20年ほど前だったと思うので、若い方はタイトルに聞き覚えがなくて当然かもしれませんが、福祉関係で仕事をしているなら、一度くらい聞いたことがあるのでは?
念のため内容を説明しますが、これは「乙武洋匡さん」という方のエッセイで、『五体不満足』とは、両上肢・両下肢ともに健常の人間と比較すると「不充分」な状態」だという、彼自身の身体障害のことを指しています。短い手足のまま電動車椅子にチョコンと座る姿をうつした表紙は、またたく間に世間の話題をかっさらいました。
話は変わりますが、「バリアフリー」という概念が世界中にきちんと定着しだしたのはここ10~20年の間です。世界中に「高齢者や障害者など社会的弱者が快適に生活できるよう”バリア”を取り除く」といった宣言が発令されたのが確か30年ほど前だったはずなので、正式に人々のあいだで認識されたのは本当に最近の話ということになります。
最近は2020年のオリンピック・パラリンピックが大きく影響してか、障害者や福祉に対して徐々に感心が強く持たれるようになりました。が、よくよく考えてみると、数年前に発生した東日本大震災やその他様々な災害など、これらが流れを生んだそもそもの要因だったのではないでしょうか?日本の根幹を揺るがしたあの災害は、「人との繋がりの重要性」を都会人に思い出させ、普段無意識な社会的弱者の存在に目を向ける呼び水となったのと同時に、「何時自分が命の危機に晒されてもおかしくない」という考えがふと頭に浮かんだのではないかと。
改めて自己の危機管理のあり方と向き合わざるを得なくなった日本人は、「身体に不便を抱えていても懸命にスポーツに打ち込む障害者たちの姿」から何かヒントを得ようとしている、なんて側面があるのかもしれませんね。

上記したように、「障害者」というカテゴリーに当てはまる人々の世間的注目度が一時的に上がっている現在の現象を「障害者バブル」というそうです。
・・・確かに、スポーツ面ではパラリンピックの選手が、文化面では乙武氏が活躍し、また最近では障害者専門の芸能事務所が立ち上がるなど、多方面での活躍を見せるこの現象を「バブル」に喩えるのは言い得て妙かもしれません。

しかし、ほんの30年程前に発生した「バブル」同様、シャボン玉は遠くない将来必ず弾けてしまう、そんな儚い存在です。風に乗って遠くまで飛びはするものの、ちょっとした衝撃ですぐにパチンと消える、それを誰の人生にも不可欠な「福祉」と結びつけるのには、一抹の不安を感じえません。だからこそ、今一度身近に存在する「福祉サービス」をきちんと見直す必要があると考えます。現在~将来まで、自分自身のライフステージが変化するごとに、必ず福祉サービスは必要になります。例えば、病気や怪我で仕事を休職しなければならないだけではなく、日常生活にも支障をきたした場合。結婚、出産し、育児休暇の取得が必須なだけではなく、経済的に共働きしなくてはやっていけないので、フルタイムで働けないことを職場に理解してもらわなければならない場合。実家の両親どちらかが病気或いは怪我により長期的な介護が必要となった場合…。

などなど、「福祉」を特別視せず、日常生活のあらゆる場面、あらゆる不便を抱える様々な人々に対し、「ちょっとした手助け」が出来るようになれば、社会もサポートを受け入れやすくなるのと同時に、障害者や高齢者への受け皿がつくりやすくなるのではないでしょうか?

「日本デイケアセンターのサポート体制」
日本デイケアセンターでは、どのようなサポートによって利用者が社会で生活しやすいよう工夫をしているのか、以下で考えてみましょう。
上記したように、同社では「介護保険サービス」を実施しております。介護保険サービスは保険適応者に提供される介護サービスで、適応外の場合も利用することが出来るものの、その場合別途使用量を支払わなければなりません。
また、介護保険適応内の方でも、利用料からの一割負担が原則です。(こちら控除を受ける事もできるそうですが…)

などなど、日本デイケアセンターの福祉サービスを受給する上で必要となる「介護保険」にはいろいろと複雑な規定が盛り込まれているのです。具体的な内容はこちら↓

区分別ごとの心身の状態と限度額、負担額について
要支援1~2:日常生活において介護は不要だが、今後状態が悪化しないようサポートの必要がある
利用限度額 49,700~104,000円
本人負担額 4,970~10,400円

要介護1:基本的な日常動作を自力で行うための機能が著しく低下し、薬の服用や部分的なサポートが必要
利用限度額 165,800円
本人負担額 16,580円

要介護2:日常生活を営むのに必須となる動作を行うのに部分的な介護が必要

  • 最終更新:2018-11-21 15:38:52

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